ブログというか、まぁ思いついたものを書いています。 ショートアニメを作っています。元舞台役者です。
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アルツハイマー型認知症の母は、時々、目に見えない人と話をしています。この病気の特徴的な症状です。母の場合、多くはすでに他界した祖母や、大叔母と話をしていました。実は、私はこの話を注意深く聞いていました。母はもうすでに半分あの世に行っていて、実際に私達には見えない死者と話しているのではないかと疑っていたからです。と、このことを文章に書いて公開してしばらくしてからのことです。母がこんな事を言い出しました。
「あーちゃん(祖母)が来とる」
私はいつものように対応しました。
「そうですか。どこいますか?」
「私達の様子を隠れて見とる」
と母は答えます。隠れて見ていると言ったのは初めてでした。
私は言いました。
「隠れてないで、出てきたらいいのに。お茶くらい出しますよ」
すると母は少し間を置いて、こんな事を言いました。
「そんなことしたら調子が狂う。困る人もいる」
真剣に考えたらそうですね。実際に死者に出てこられては、調子が狂います。私を含め、人目に隠れて、やましいことをやった事がない人なんていません。死者が常に私達を見ているとしたら、皆困るでしょう。
祖母も母に会いに来ても、私が死後の世界の証拠を見つけようと待ち構えているので、隠れていないといけないのかも知れません。
施設に入ってからの母は、目が覚めているときは、よく、目に見えない誰かと話しています。時々、私には何を言っているのか分かりません。重度の認知症患者が喋る聞き取れない言葉を喃語(なんご)と言うそうです。もしかしたら、色々なお客さんが来ているのかも知れませんね。私の知らない外国語かも知れません。目に見えない外国のお客さんが来ているのかもしれません。死後の世界があるかどうか分かりませんが、少なくとも母は客好きですから、楽しんでくれているといいです。
English
イラスト by トラノスケ
私はいまだに、少年誌のマンガや、若者向けのライトノベルを喜んで読みます。ただ、最近、若い頃のような楽しみ方を出来ないという事を発見しました。
登場人物が覚えられないのです。登場人物どころか、前巻で何がどうなっていたのか、最新巻を読み出すときに思い出せないのです。多分、認知症ではないと思います。物忘れです。加齢による物忘れは生理的記憶障害というそうですが、それが始まっているんですね。昔も、ライトノベルという言葉自体はありませんでしたが、若者向けの小説というのはあって、好んで読んでいました。最新巻が出ると、買って袋から出すのも、もどかしくって、慌てて読んだ記憶があります。それで話について行けたのです。
今はそれが出来ません。これの何が困るって、物語の伏線が効かないのです。例えば、昔も今も物語の黄金のパターンは、以前、主人公に助けられた事がある登場人物が、主人公のピンチに助けに来るという筋立てです。ところが、助けに来てくれた人が誰だか思い出せません。「助けに来たぜ!」こんな人いたかな? 主人公とどういう関係だったっけ?
「鶴の恩返し」で考えてみましょう。物語の前半で主人公は鶴を助けます。しかし、読者がその事を忘れてしまいます。すると、内職をしていた奥さんが突然、鶴になって飛んでいくというキテレツな物語になるのです。どんな名作も台無しです。
仕方がないので、最近は最新巻を買ったら、すぐには読まず、前巻、前前巻、あるいは一巻から予習してから、読むようにしています。
でも、これはこれで楽しいですね。前巻とか前前巻とか覚えていないから、新鮮に、楽しんで読めるんです。最新巻が同時に何冊も出た感じです。ギャグマンガとか同じ所で何度も笑います。
この症状が進んでいけば、将来的には新しい本を買う必要さえ、なくなるかも知れませんね。お気に入りの本を数冊、本棚に入れておいて、繰り返し、繰り返し読むのです。実は一部の高齢者は、もう実践しているのかもしれません。出版不況の原因は高齢化なのかも知れません。でも、私の大伯母がそうだったように、買ったことを忘れて、同じ本を何度も買ったりしたりするので、高齢者は出版業界に貢献している面もあります。
最近電車の中で本を読んでいる人が減りましたね。出版業界に栄光あれ!
イラスト by Sato
U先生は東京大学の女性教授。U先生が京都の院生だった頃、先生は母の講演を聴いて感銘を受けたそうです。母と個人的に連絡を取るようになり、師弟のような関係だったようです。後にU先生の方が有名になりましたが、事あるごとに母を立て、母の参画するイベントに協力してくれていました。
母が認知症であることが確実なってしばらく後、母と母の友達の企画するイベントにU先生も参加して下さいました。すでに母には私の付き添いが必要な状態でしたが、私は母が認知症であることを隠していました。母の名前にまだ力がある内に、母が運営していた組織等の引き継ぎをしなくてはいけないと思っていたからです。母の後継者達が、母の名前を使って、有利に新体制に移行できるよう気を遣っていました。
イベントの終わった帰り、タクシーの中で、母と私とU先生だけになりました。名古屋駅に向かう10分ほどの短い時間の会話の中で、U先生は母が認知症であることに気づいたようです。私はU先生が気づいたことに気づきましたが、黙っていました。
名古屋駅でタクシーから降り別れる時、U先生は涙を溜めて母を抱きしめました。母はよく分かっていないようでした。
母と2人で、U先生の後ろ姿を見送りました。東京在住のU先生は今日の内に新幹線に乗って帰られるのでしょう。
ところが、U先生が新幹線口に向かっていなかったのです。名古屋駅は名駅と訳されますが、迷駅ともあだ名をつけられています。複雑な構造で、地元の人でも間違いやすいです。私は追いかけていって新幹線口を案内しようかと思いました。でも、やめました。迷っていいのです。
師と別れて道に迷う。U先生は今さっき、母が認知症だと知ったのです。おそらく、この瞬間は彼女の人生にとって重要な場面です。私のような三文役者が登場して、大切なシーンを台無しにしてはいけないのです。私は母と、あらぬ方向へ消えていくU先生の後ろ姿を黙って見送りました。
数年後、母の関係者の誰もが母が認知症だと知るに至った頃、母を連れてU先生のイベントに参加しました。前半は他の先生の講演。U先生は客席で母の隣に座って、ずっと母の手を握っていてくれましたよ。
師と別れて道に迷う。私も経験があります。毎年、師と仰ぐ方のお墓参りをしています。墓石の冷たさに凍えます。あるいは、母は暖かい墓石なのかもしません。もう会話をするのは難しいですが、少なくとも手を握れば、ぬくもりを感じることが出来ます。
English
イラスト by Kyoko
初期アルツハイマー型認知症患者は、とにかくモノをなくします。母もそうでした。色々なモノがなくなりましたが、特に困ったのはエアコンのリモコンです。
我が家は冬、ガス・ファンヒーターを使っていたので、よかったのですが、問題は夏です。夏の暑い盛りにエアコンのリモコンがなくなるのです。本当に困りました。銀行の通帳の再発行の場合、手間はかかりますが、お金はあまりかかりません。しかしリモコンは、そうはいかなかったのです。
現在では各社共通の安価なリモコンが販売されていますが、当時はメーカーに直接問い合わせて郵送してもらわなくてはなりませんでした。価格はおよそ2万円。
母がリモコンをなくす度に、2万円の出費。そしてリモコンが届くまでの数日の間、エアコンなし、あるいはエアコンつけっぱなし。地獄でした。
これも銀行通帳と同じ解決策をとりました。母が使用する部屋のリモコンは常に2つ以上用意して、一つは私が管理するのです。
通帳のように一緒に探すフリをして、こっそり置いて、母に見つけさせるという小芝居は必要ありませんでした。通帳の場合は私が疑われないように、小芝居をする必要がありましたが、リモコンにはその必要はありません。いくら病気の母でも、私が親のリモコンを狙っているとは疑わないからです。
「ありましたよ」
と言ってエアコンをつけたり消したりするだけでいいのです。
各社共通のエアコンのリモコンは今や千円を切り、ネットで注文できます。あの時、そんなリモコンがあれば、我が家の負担は軽かったんですけどね。
ところで、京都のヨーロッパ企画という劇団の「サマータームマシーン・ブルース」という、映画化もされた名作舞台があります。2001年初演。エアコンのリモコンをめぐる壮大で小市民的なタイムトラベル物のSFコメディーです。もし2001年の時点で各社共通のリモコンが安価に販売されていたら、あのドラマは成り立たなかったかも知れません。
あまりにも便利な世の中というのは、ドラマチックなことが起こらないのかも知れませんね。
English
イラスト by Sato
母の認知症の症状が出始めたとき、困ったことの一つは母が銀行通帳をなくすことでした。何度もなくし、何度も再発行する。再発行したら前の通帳が出てくる。古い通帳は使えません。新しい通帳は、またなくしています。必要なときにお金を使えないのは困ります。
当時、母にはマネージャーのような人がいて、会計士も付いていました。ある日、マネージャーと会計士に母の通帳を私が預かるように言われました。親の通帳というのは見てはいけないモノのような気がしましたし、当時まだ認知症について深刻に考えていなかったので、預かってそのままにしておきました。
ある日、私が帰宅すると母がカンカンに怒っていました。
「私の通帳がない!」
私は正直にマネージャーと会計士から預かったことを話しました。すると母はさらに激怒しました。
「人の通帳を勝手に触るとは何事だ!」
仕方がないので預かった通帳を母に返しました。
数日後、今度はマネージャーと会計士に激怒されました。
「どうせすぐなくす! 通帳を再発行するのにどれだけ手間がかかると思っているのだ!」
その通りになりました。母はその後、何度も通帳をなくして大騒ぎでした。
私がたどり着いた解決策はこうです。まず、通帳をなくしたフリをして、銀行に再発行してもらいます。最新の通帳は私が管理して、母には無効の古い通帳を渡します。母がその通帳をなくしたら、一緒に探すフリをして、私が管理している通著をこっそり置いておいて、母自身に見つけさせます。母が安心して気がそれたら、通帳を取り戻し私が管理します。
母の持っている通帳が無効の通帳であることを気づかせないために、つまり、通帳を使う機会がないように、母の財布の中には常にお金があるように注意しなくてはいけませんでした。
めんどくさいし、母と銀行をだましているようで心苦しいですが、これ以外の解決法を見つけることが出来ませんでした。
高齢者は通帳をながめているだけで安心することがあるそうです。私は自分の通帳をながめると不安になりますけどね。
English
イラスト by Graphs