ブログというか、まぁ思いついたものを書いています。 ショートアニメを作っています。元舞台役者です。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
1990年代の始め、大学生時代、私はぬいぐるみに入るバイトをしていました。今風に言うとスーツアクター。
これが奥が深い。ぬいぐるみを着て立っていればいいという仕事ではありません。ぬいぐるみを生かすも殺すも役者しだい。より良い演技のためにと凝りだすと夢中になる仕事です。
ある時、T市の駅ビル新築オープン・イベントの仕事を受けました。地域のマスコットキャラクターのぬいぐるみを着て、イベントを盛り上げる仕事です。
前日の打ち合わせでスケジュール表を渡されて、自分の見せ場を考えました。
「市長のあいさつ 『ぬいぐるみは市長を舞台にエスコート』」
これだ! 市長をエスコートする時に、市長に馴れ馴れしくして見せる! 当時はまだタレントじみた地方首長が少ない時代でしたから、市長といえば堅苦しい威厳を持った人たちでした。でも、ぬいぐるみなら、その市長に馴れ馴れしくしても許される。市長の方もぬいぐるみと仲良くして人気も上がる! かといって市長の威信を傷つけず、会場が和むほどにいたずらをする! これは見せ場だぞ!
気合の入った私は当日現場に早く着きすぎました。喫茶店に入って時間をつぶすことにしました。何気なく新聞を開くと。
「T市市長汚職で逮捕」!
なんと市長は前日に逮捕されていたのです。私の演技プランは水の泡。
現場に入るとディレクターから
「今日の市長のあいさつは、なしです」
と短い説明がありました。理由は言いませんでした。
その頃、市長は、私のぬいぐるみではなく、おまわりさんにエスコートされていたんですね。
イラスト by sayz
英語
http://shujiromiura.blogspot.jp/
最近、古代ローマに関する本を読んでいます。(「ローマ人の物語Ⅳ-ユリウス・カエサル ルビコン以前-」塩野七生著 2014年 ㈱新潮社)
ユリウス・カエサル=ジュリアス・シーザーといえば古代ローマの軍人・政治家ですが、作家としても目覚ましい業績を残しています。シーザー自身が書いた「ガリア戦記」「内乱記」は二千年たった今でも文庫本として書店に並んでいます。二千年後も商業的価値を失わない作家など、なかなかいるものではありません。
このシーザー、晩成の人で、軍人・政治家として歴史の表舞台に登場するのは四十代からです。二十代、三十代はプレイボーイとして有名だっただけらしいです。そしてどうやら、舞台の上演台本を書いていたらしいです。演劇人?
「ブルータス! お前もか!」
と55歳で暗殺された直後はシーザーが恋人にあてた手紙や、執筆した台本も残っていて、出版されていたらしいのですが、軍人・政治家として活躍しすぎました。
シーザーの後継者、初代ローマ皇帝アウグストゥスはシーザーの業績があまりに偉大だったので、シーザーを正式に神格化しました。当時多神教だったローマの神々の一柱にしてしまったのです。そして、神格化にふさわしくない軟弱なラブレターや台本は禁書となりました。運悪くアウグストゥスは長生き、長期安定政権、その後の皇帝達にもその方針は引き継がれてしまい、あわれシーザーの台本は現代まで伝わっていません。
もしかしたら、シーザーより1600年ほど若いシェークスピアの「ジュリアス・シーザー」よりも面白かったかもしれませんよ。読んでみたかった、上演してみたかったですね。
業績が偉大すぎるのも気の毒です。
親愛なる演劇人の皆様! 芝居をやめても軍人や政治家になってはいけませんよ。もちろんジュリアス・シーザーくらいの業績を残してしまいますから、演劇人時代の業績を抹殺されてしまうかもしれませんよ。
イラスト by Ceakus
英語
http://shujiromiura.blogspot.jp/
認知症の症状の一つに、見えない誰かと話をするというのがあります。認知症患者が不気味がられる理由の一つです。
私の母もよく見えない誰かと話しています。多くの場合、祖母や叔母など、もう他界した人たちです。
認知症介護の本などによれば、そういう場合
「誰もいませんよ!」とか
「その人はもう亡くなりましたよ!」
と否定するのではなくて、気をそらせたり、しばらく時間をおいて
「もういなくなりましたね」
と声をかけるといいのだそうです。
私はそういう場合、かなり真面目に母の話を聞くことにしています。母はもう半分あちらの世界の人で、本当にあちらの世界と交信しているかもしれないと思っているからです。
何か私たちの知りえない、あの世の情報が母から手に入るかもしれません。毎回いろいろ工夫した質問をして、なにか決定的な情報を引き出せないか努力しているのですが、のらりくらりと逃げられて、なかなか尻尾がつかめません。
しかも時々、まだ生きていて、ここにいない人と話を始めたりするのでガッカリします。
「お母さん! しっかりしてください! その人はまだ生きていますよ!」
イラスト by 小林いずみ
英語
著作権、知的財産権というと近代になって成立した概念のような気がしますが、アフリカのある民族は伝統的に歌の所有権に関して厳しい概念を持っているそうです。
その厳しい概念とはこうです。歌が一曲あるとしたら、その歌の持ち主は地球上でたった一人だけ。歌の所有権を持たない人は、その歌を歌うことを禁じられるのです。いくら好きで覚えたとしても、その歌の持ち主でもないのに、勝手にその歌を歌うのはドロボーです。そのルールだと、勝手に録音して、勝手に聞いてもダメ。カラオケなんてもってのほか。その歌が聞きたかったら、その歌の持ち主の所へ訪ねていき、頼んで歌ってもらわないといけないというわけです。
それはそれで、楽しいかもしれませんね。
「ああ、隣村に住むあの人のあの歌が聞きたいなぁ」
と思ったら、隣村まで、お土産を持って行く。歌の持ち主の体調が悪かったり、機嫌が悪かったら、よくなるまで隣村で滞在する。そうやって、やっと一曲聞くわけです。
死の床につくお年寄りの周りには自然と人が集まるかもしれません。
「俺はもう長くない。おまえたちはよく俺の面倒を見てくれた。あの畑はおまえにやろう。あの牛はおまえにやろう。あの歌はおまえにやろう…」
そうやって、やっと自分の歌える歌を一曲手に入れるのです。
もっとも、これは10年ほど前、文化人類学者の書いた本で読んだ知識です。発展目覚ましい現代のアフリカ。果たして、その民族がまだその概念を持っているかどうかは知りません。あるいは、今頃はその民族の人々もスマフォにガンガンダウンロードしてカラオケでガンガン歌っているかもしれませんね。
イラスト by Katyau
私の父は地元新聞社の記者でした。しかし40代で難聴となり、取材記者ではなく校閲に配属されました。印刷前の記事に誤字脱字や間違いがないか調べる仕事です。これなら耳が聞こえなくてもいい訳です。地味で根気の要る緻密な作業が向いていたらしく、社内で「10人力」と恐れられていたそうです。
しかしこの職業病が介護をめんどくさくしました。
難聴ですから、大事な話は筆談になるのですが、見せた文章が間違っていたり、不味かったりすると怒り出すのです。私は文章を父に見せるときには、試験の答案を出すときのように緊張しました。
父は62歳の時に完全人工透析となり、週に3回病院に通わなくてはならなくなってしまいました。辛い透析生活は16年続きました。
ある日、私は病院から呼び出されて、若い担当看護師から相談を受けました。
「お父さんが、言うことを聞いてくださらないのです。最近は私の書いたメモも、読んでさえくれないんです」
と、今朝看護師さんが書いたというメモを見せてくれました。読んで、父がこの人の文章を読まない理由が想像できました。
看護師さんの名誉のために書きますが、看護師には多様な能力が求められます。新聞さえ作っていればいい新聞屋とは違います。文章を書くのは上手いけど、注射が下手な看護師さんがいたとしたら、私は決して近づきたいと思いません。漢字は間違えないけど薬を間違える看護師がいる病院からは、私は一目散に逃げ出します。
校閲を仕事にしていた父からすると、あるいは厳しく指導して、いい文章を書かせる教育をしているつもりだったのかも知れません。あの世代の人たちは「教育は厳しければ厳しいほどいい」みたいに思い込んでいる所がありますからね。
私は父に頼みました。
「最近の若い人は厳しく教育されることに慣れていないのです。もう少し手加減してあげてください。」
その後、父の対応は少し優しくなったそうです。
私たちが介護を受ける立場になったら、同じ事があるかも知れません。私などは芝居をかじっておりましたので、老人施設に慰問に来た若い劇団員に
「こんな芝居見てられるか!」
と怒るかも知れません。
高齢の料理人は入院先で
「こんな料理食べられるか!」
と怒り
年老いた大工は施設に入る時
「こんな下手な大工が作った施設には入れるか!」
と怒り出すかも知れません。
高齢者は何らかの職業病を持っているのが当たり前で、「めんどくさい年寄り」の正体はもしかしたら職業病なのかも知れません。そして、私たちが年老いた時、私たちの職業病は私たちを「めんどくさい年寄り」にするのかも知れませんね。
イラスト by patrykkosmider
英語
http://shujiromiura.blogspot.jp/