ブログというか、まぁ思いついたものを書いています。 ショートアニメを作っています。元舞台役者です。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
母に認知症の診断が下って間もなく、私には耐えられない事態が起こりました。
私はその頃、かなり真剣にダイエットをしていて、いろいろな方法を試したのですが、なかなか成果が上がりませんでした。そこで自分で思いついたのが、名付けて「あしたのジョー」ダイエット! 私の世代の男の子は誰でも知っている「あしたのジョー」。こんなシーンがあります。ジョーのライバル力石(りきいし)は減量のため、激しいトレーニングにもかかわらず、食事は一日にリンゴを一個だけ! 結果として力石の命を削った減量法ですが、私の世代はこのシーンで熱くなったものです。
力石ほどにしたら死んでしまいますので、朝昼は普通に食べて、夕飯をリンゴ一個にして、それを丸かじりするというダイエット法です。もちろんリンゴはフロ上がり。冷蔵庫でキンキンに冷やしておいたものを、がぶり!
ところがこのリンゴを、昼間の間に母に食べられてしまうという地獄が始まったのです。
当時私は車の運転ができなかったので、リンゴを買ってくるのは大変でした。遠いスーパーから重いリンゴを運んできて、一日一個だけ冷蔵庫に冷やしておく。夜、お腹が空くけど、フロ上がりに冷えたリンゴが待っている。力石のテーマを口ずさみ冷蔵庫を開けると、リンゴがない!
この時ばかりは、はらわたが煮えくり返りました。
冷蔵庫に楽しみにとっておいたものを家族に食べられる。そんな経験はどなたもあるでしょうが、夕飯そのものがなくなっているのです。しかも母は認知症です。注意してもなおらないのです。
「冷蔵庫のリンゴを食べないでください!」
「リンゴなんか食べとらん!」
覚えていないのだからしょうがありません。毎日リンゴを冷やすのに、毎日母にリンゴを食べられるのです。
「私が買ってきた私のリンゴなんだから、勝手に食べないでください!」
「リンゴを買ってきたのは私だ!」
認知症患者は思い出せない記憶は自分に都合がいいように思い出す傾向があります。認知症患者は自己有利の嘘をつくことを介護者は覚えておかなければなりません。理屈は知っていますが、受け入れるのが難しいのです。
「ああ! そうか! なら2つ冷やせばいいんだ!」
2つとも母に食べられてしまいました。
フロ上がりに冷たいリンゴが食べたいだけなのに!
困り果てました。どうしたかといいますと、中古の冷蔵庫を買って、車庫に設置したのです。母は車庫には興味がありません。リンゴは無事なのです。
認知症介護には手間も暇もかかりますし、知恵を絞らないといけない時や、お金をかけないといけない時もあります。介護保険は一部の介護用品の費用を負担してくれますが、この中古の冷蔵庫を買うお金は介護保険の適応範囲外でした。
イラスト by Rien
母に認知症の診断が下って、5年ぐらい過ぎた頃でしょうか? 母はもう自分の名前が正しく書けないこともあるくらい病気が進んでいました。
母の友人たちのイベントに招待されて、その会場に母を連れて行きました。当時、私は車の運転ができませんでしたので、電車で行きました。認知症患者を電車で移動させるのは大変です。駅は混雑していて、複雑で危険です。一瞬も目を離せません。どこで何があるかわからないので、少し早く家を出ましたが、思いのほかスムーズに会場につきました。会場にはまだイベントのスタッフが数人準備のためにいただけでした。
会場にはピアノがあり、ピアノの前にはイスがありました。長い時間歩いた母を休ませようと、とりあえずピアノの前のイスに座らせました。私がスタッフの方と世間話をしていると、突然、母がピアノを弾きだしたのです。
決して上手ではないけれど、ちゃんと曲になっているのです。今がいつで、ここがどこかも思い出せない人が、自分の名前も正しく書けない時もある人がピアノを弾いたのです。そもそも私は母がピアノを弾けたことを知らなかったので二重にびっくりしました。詳しく知りませんが、母はピアノを習ったことがあるようです。
アルツハイマー型認知症患者の多くは、繰り返し体で覚えたことは、かなり病気が進むまでできるのだそうです。病気になっても比較的残る能力のことを結晶性知能と言うそうです。繰り返すことで知能が結晶のようになって守られるんですね。
私の場合は何が結晶性知能となるんでしょうね? 発声練習の「あめんぼのうた」とかは高校演劇でずいぶんやったので、認知症になっても言えるかもしれません。入所した老人施設のイベントで舞台に立つ機会があったとしたら、私は突然「あめんぼのうた」を言い出すかも知れません。私を世話する介護職員の方たちは理解できなくて、何か呪文の詠唱を始めたとか思うんでしょうね。隔離されるかもしれません。
ピアノでも習っておけばよかった。
English
イラストby Frog
認知症の母は24時間365日の介護が必要です。私と私の愛妻だけでは、すべてをまかなうのは無理ですから、時々ショートステイに預かってもらっています。ショートステイといっても色々あって、単純に言うと安い施設と高い施設があります。私の見た範囲では、高い施設の方が人手が多い、レクリエーションなどは外部のセミプロを雇う、おかずが一品多い、などの違いがあります。
でも母は認知症なのですから、そんなのは関係ないだろうと思っていましたが、どうもそうではないのです。
高い施設から帰ってきた時には、明らかに母のご機嫌がいいのです。鼻歌も飛び増します。安い施設から帰ってきた時はなんだか落ち込んでいる。
認知症という病気、記憶は残りませんが、感情は残っていますので、ゆとりのある施設でゆとりのあるケアを受けるとご機嫌がよくなり、問題行動も少なくなるのです。
なら、ずっと高い施設を利用すればいいじゃないか、とお考えになるかもしれませんが、そう単純でもありません。
高い施設は人気があり、一ヶ月くらい前から予約しないと入れないのです。何かあった時に当日でも預かってくれる安い施設との付き合いも大事にしなくてはいけません。
もちろん、経済的な問題もあります。この状態があと何年続くか誰にも分からないのです。認知症の平均寿命は10年と言われていますが、10年なんてとっくに過ぎてしまいました。贅沢に高い施設を使い続けて、我が家が破産する可能性もあるわけです。
介護職員の待遇がなかなか良くならないのは、これが原因なのかもしれません。「老い」と「死」というのは先が読めないのです。
私自身が施設に入る時が来たとしたら、もちろん私は高い施設に入りたいです。ジャブジャブお金を使って、ウハウハのサービスを受けたい。でも、高い施設に入ったはいいが、うっかり長生きして破産? 老いて路頭に迷う? それよりは安い施設に入った方が安心かも?と考えてしまうかもしれません。
まぁ、我が家では、できる限り高い施設を利用するように心がけます。そうすれば、まわりまわって、介護職員さんたちの待遇もよくなるかもしれませんし、何よりも母がご機嫌ですからね。
お母さん、ほどほどに長生きしてくださいね。
イラスト by アクア