ブログというか、まぁ思いついたものを書いています。 ショートアニメを作っています。元舞台役者です。
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我が家の玄関の扉を新しくして、大きな問題が起こりました。
父の手の力では玄関のカギが開かないのです。父は長年の人工透析で、指の力が弱くなっていたのです。カギを鍵穴に差し込む事はできるけど、回す力がないのです。玄関の扉もカギも新品。油をさせばどうにかなるという問題ではありません。自力でカギを開けられないのであれば、カギの意味がありません。いや、そもそも扉の意味もありません。
大工さんにも相談しました。「ちょっと考えさせてくれ」と言われましたが、待ちきれませんでした。ネットで見つけた全国チェーンのカギのトラブル業者も相談しましたが「新品を開けられないなら、どうしようもない」と冷たい対応です。
ダメもとで、家の近所のボロボロの小さなカギ屋さんに相談することにしました。高齢の店主が対応してくれましたが、頼りない感じです。ところが店主、「ああ」と言って、足元に転がっていた鉄の廃材を切り、カギの頭の部分に打ち付けて、持つところを大きくしたのです。なるほど。そうすれば、テコの原理で、小さな力でもカギが回るようになるのです。ついに父は玄関のカギを開けられるようになったのです。問題は解決しました。
タッチの差で遅れて、大工さんも同じ発想のカギを持ってきました。しかし、大工さんの加工したほうは、持つところがソフトボール位の大きさでした。それではポケットに入りません。大工さんは日ごろ大きなものを扱っていますから、仕事が大きくなるんですね。
カギはカギ屋ですね。
最近は、こういう小さな商店が減ってしまって、大型店舗になったり、オンラインになったりしています。こういう細かな工夫ができる経験豊かな専門家が身近にいなくなるのは残念ですね。
English
イラスト by patrimonio
母が認知症になった後も、父は母を毎週、買い物に連れて行きました。父も介護が必要な状態でしたが、懸命に母の介護に参加してくれました。
父が毎回買ってくるものに、バナナがありました。私は、実はバナナがあまり好きではありません。食べられますけど、食べたいと思ったことがありません。父母も食べないので、毎回くさらせるばかりでした。
ある日、父が私に言いました「あんた、バナナ食べていいんだよ」
びっくりしました。父は私が遠慮してバナナを食べないのだと思っていたのです。
今はどうか知りませんが、昔は、遠足に持って行けるおやつの額が決まっていて、私の少し上の世代は「バナナはおやつに入るのか?」ということを真面目に議論していました。私はバナナに興味がないのでどうでもいいと考えています。
しかし、調べてみると、父の時代ではバナナは舶来の高級な貴重品だったのです。戦時中など一切、バナナは国内に入らなかった時期があるのです。露天でバナナのたたき売りがあったように、戦後の歴史はバナナの価値の暴落の歴史だったのです。
父としては、介護をがんばっている私に、ご褒美としてバナナを買ってやっているつもりだったのです。迷惑な。
仕方がないので、父の機嫌をとるために、私は好きでもないバナナを毎日食べていましたよ。被介護者の機嫌がいいか悪いかは、介護のあらゆる場面に影響を与えます。
同居介護というのは、こういう作業も含みます。
イラスト by おしょうゆ
母がアルツハイマー型認知症になって、要支援認定が出た時のことです。その頃には、ずっと私が家の掃除をしていたのですが、これからは週に一回、ヘルパーさんが掃除に来てくれるようになりました。
今は知りませんが、当時の介護保険というのは身体介護に重点を置いて作られていたので、認知症の介護に関しては、決して手厚い支援は得られませんでした。こちらは24時間対応を強いられているという時に、週に一度掃除しに人が来るというだけの支援ではどうにもなりません。
北欧等の福祉先進国では、親族介護者に給料が出たりするそうです。親族介護者が限界を感じたときに、緊急に介護者が利用できるスパのチケットがもらえたりするそうです。福祉国家の税金は高いそうですが、うらやましい話ですね。
週一度の掃除でも、何もないよりはましでした。少なくとも、母の行動する範囲の掃除はヘルパーさんに任せることができたのです。
ところが、ヘルパーさんの掃除の仕方は、私とは違うのです。相手はプロですから、ヘルパーさんの方が合理的で正しいのです。なのに、あろう事か、私は助けてもらっている身であるのにかかわらず、ヘルパーさんに腹が立ったのです。正しいから腹がたったのです。自分の今までの掃除の仕方を否定されたような気持ちになったのです。
後から来た人が、自分より正しい方法で、てきぱきと仕事をこなすのを目の当たりにしたら、腹が立ちますよね。
最近の嫁姑というのは、仲がいいそうですが、昔は嫁姑というのは仲が悪いと決まっていました。あの頃の姑の気持ちというのはこういう感じだったんですかね? 嫁の方が新しい教育を受けているから、正しい事が多いのです。悪意がないのも余計に腹が立つ。
私も年をとりました。これからは若い人がどんどん現れて、私より新しい、正しいやり方で、私がヒイヒイ言いながらやっていたことを、やすやすとこなしていくんでしょうね。
キー! 腹が立つ。
イラスト by ケイーゴ・K
私の親戚は、名古屋市中心部で眼科の開業医をしています。
私は同時に3人の老人の介護をしていました。お子さんのいない大叔母、同居する父母。老人は何かと健康上のトラブルが多いです。色々な病院に連れて行きました。3人分ですから、病院ばかりに行っていました。目のトラブルの時は、少し離れていますが、親戚の眼科を受診させていました。親戚の病院もうるおうし、私としては親戚に対して「ちゃんと介護していますよ」というアピールをするチャンスでした。
私は医院長の親戚ですからね、受付の人も看護師達も、すごくよく対応してくれるんですよ。仲良くなって、世間話もするようになりました。何年も、ひんぱんに通っていますからね。常連です。
あるとき、私もメガネを新調しようと思いました。その眼科で処方箋を書いてもらおうと思い、その旨、受付で話しました。診察の順番を待っていると、受付の人が青ざめてこう言いました。
「今、探してるんですけど・・・カルテが・・・ないんです」
医院長も出てきて大騒ぎ。「まさか紛失ですか?」「医院長の親戚の、しかも常連のカルテをなくすなんてダメじゃないですか」「カルテ紛失は大問題ですよ」「何をやっているのです」
ややあって、謎が解けました。カルテは初めからなかったのです。私はその病院に何年も通っていますが、いつもつきそいでした。私自身が患者として来たことは、一度もなかったのです。初診でした。受付の人も顔なじみの私が、まさか初診だとは思わなかったようです。そういえば、私も診察券を持っていませんでした。
初診忘るべからず。
イラスト by アロアロウイ
私は大切に思っている人の葬儀に参列できなかった経験があるので、葬儀には出来るだけ参列しようと思っています。少し縁の薄い人の葬儀でも都合がつけば参列していました。亡くなった人はこれから私の大切に思っている人の所へ行く人です。そうすることで、私の大切の思っている人につながるような気がしているからです。
ところが認知症の母の介護が本格的になると、そんなことも出来なくなりました。一般的に通夜は夕方、葬儀はお昼。デイサービスから帰ってくる母を迎えたり、見送ったりしていると葬儀には間に合わないのです。ショートステイは何ヶ月も前から予約をしていなくてはいけませんでした。何ヶ月も先の葬儀の予定は分かりません。
母の介護中、葬儀を失礼したことが何度かあります。
でも認知症の母は時々不思議なことを言います。中にはあの世からのメッセージのように受け取れる言葉もあります。突然真顔でこんな事を聞いてきたりします。「何故この世に現れたか分かったか?」とかです。あるいはこの人こそ半分あの世にいる人で、母の介護をすることこそが、私が大切に思っている人とつながることになるのかも知れないと思っています。
しばらく前、ついに母には施設に入ってもらう決断をしました。母を施設に預けて以降、時間の自由がきくようになり、葬儀に参列出来るようになりました。でも、葬儀はイヤですね。みなさん長生きしてください。
English
イラスト by マツ