ブログというか、まぁ思いついたものを書いています。 ショートアニメを作っています。元舞台役者です。
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尾道にお住まいの方から年賀状を頂きました。以前尾道で一人芝居をしたご縁です。手書きのコメントで「『尾道てのひら怪談』に是非ご応募ください」と書いてありました。制限字数800文字。怪談。書いたことないけど挑戦してみようかなぁ?
皆様も気が向きましたら応募してみてください。尾道に行ったことがなくても、尾道を題材にしていればいいらしいですよ。
賞金? そいつを聞くのはヤボってもんですぜ!
http://onomichikwaidan.wixsite.com/kwaidan
イラスト 尾道てのひら怪談ホームページより
年末年始に実用的なバカバカしいお話しを。
私はよくかみます。特に、大事なことを話している最中かむ。
「かみましたね」と人に突っ込まれることがある。
こういう時、即座に
「神田(かんだ)の生まれよ!」
と返すようにしましょう。流行らせてください。
そのうち誰かが
「スシ喰いねぇ!」
とお寿司をおごってくれるかも知れません。
ほら、もうかむのが怖くない!
絵 by kiko
気になるのがナゴヤドーム前にあるドラゴンズ・サークルK。写真のようにドラゴンズカラー丸出しの店舗。中部地方を中心に展開したサークルKだからドラゴンズ・サークルKは成立したわけで、全国展開のファミリーマートがうっかりドラゴンズの応援をするわけにはいかないんだろうなぁ。あるいは、サークルKの意志を継いでドラゴンズ・ファミリーマートが誕生するのだろうか?
1999年か2000年の初め、大阪在住の折、そういう奇妙な体験をしたことがあります。
当時、私は洗濯機を持っていなかったので、週に一度自転車でコインランドリーに行って、1週間分の洗濯をしていました。1度目はそのコインランドリー店の前。普通の職務質問でした。
2回目も同じコインランドリー店の前。同じおまわりさんだった。2週間程後のことです。私はすぐに同じ人だと気づいたのですが、相手は初対面のように接してくる。私は何だか面白くなってしまって、どのくらい話したら私の事を思い出してくれるのか、質問を受けながら相手が思い出すのを待ちました。間もなくおまわりさん。
「あれ? こないだの・・・」
「やっと思い出してくれましたか」
なんだか打ち解けて、疑問に思ったことを聞いてみた。
「おまわりさん、私の風体のどこが怪しいと思って2回も職務質問したんです? 怪しいところがあったら改めますんで・・・」
実は私は人相には自信があって、初対面でその知性を疑われることは多いのですが、人格を疑われることはあまりないんです。だから職務質問を受けると結構ショック。ダサくても平気だし、バカだとも思われても平気だけど悪い奴だと思われるのは辛い。
「いえ、そういうことではないんです・・・ただ、あなたの自転車が・・・」
つまりこういうことです。当時、私は大変な貧乏で、新品の自転車を買うお金がありませんでした。名古屋には中古自転車を扱う店は少ないのですが、当時大阪吹田市には中古自転車屋がたくさんありました。私が愛用していた自転車は近所の自転車屋で買った一番安い中古車(3000円)だったのです。もちろん、それ自体は問題ありません。問題はその色。
ピンクだったのです。
「あなたぐらいの年齢の男性が、自分の意思でピンクの自転車を買うことは少ないので、盗難車ではないかと疑った訳です。」
なるほど、私は自転車泥棒の容疑をかけられて職務質問されたのですか。私の人相で職質した訳ではないので、私の顔は忘れていたんですね。
一安心。安いからといって身に合わないモノを買ってはいけないなぁ。
でも、おまわりさん! もっと大物を狙ってくださいよ!
写真 by Dachs
北海道からの帰り、日本海沿いに南下して富山にさしかかった時、有名な祭り「おわら風の盆」当日であることを知りました。
(ついでに祭り見物をしていこう。がんばれば日が暮れる頃には八尾につける。夜は八尾の駅で寝ればいいや。)
甘かった。「風の盆」をなめていた。「風の盆」は徹夜踊りでした。八尾の駅は人でごった返し、とても寝られたもんじゃない。宿もみんな満員でした。人混みの中、自転車を引いて途方に暮れていると、老紳士が声をかけてきました。
「どこから来た?」
「名古屋です」
「泊まっていかれ」
私を泊めてくれるというのです。
老紳士は一人暮らしらしく、昔はここで床屋をやっていたらしい。
風呂までごちそうになって、出てきたらびっくりした。踊りの衣装もそのままの土地の男達が10人ぐらい私を待っていたのです。一斉にジロリと私をにらむ。二、三問答をしましたが、何を話したのかは覚えていていません。深夜に一人暮らしの老人の家に集まって何をしているんだろう? 不思議な人たちだなぁとか思っていました。
この時、何が起こっていたのか、実はつい最近になるまで気がつきませんでした。
老紳士は初期の認知症だったのです。私はまだ18才。認知症という病気もよく知らない。「やけに同じ話を、何度もする人だなぁ」ぐらいにしか思っていない。その老紳士は私の大叔母や母がそうであるように、家族や親戚、近所の人たちに守られていたわけです。そこへ私がノコノコと上がり込んだ。
「おい! ××さんの家に見慣れない奴が上がり込んでるぞ!」
「忙しい祭りの夜を狙うとは、ふてぇ野郎だ!」
って感じで、腕っ節の強いのが10人くらい集められていたという事なのでしょう。
どんな問答をしたのか覚えていませんが、私は八尾の男達のお眼鏡にかなったらしく、その夜はその旧床屋に一夜の宿を得ることができました。もしこの時の返答を間違えていたら、私はボコボコにされていたんですね。一糸乱れぬ踊りで鍛えた男達に、ものすごい連携プレイでボコボコにされていたんですよ。
翌朝、その老紳士は私にカツ丼を作ってくれました。私の次の目的地は石川県。老紳士は石川県までの道を何度も何度も教えてくれました。私は何度も何度も教えてもらいましたよ。
その後、数年間、その老紳士には年賀状を出していました。でもある年、老紳士の家族から電話があって「施設に入りますので、もう年賀状はいいですよ」と言われました。
家族や親戚、ご近所で守れる限界に達したんですね。認知症にはいつかその時が来ます。そしてその限界は我が家にもいつか訪れるんだなぁ。
撮影者Takataro