ブログというか、まぁ思いついたものを書いています。 ショートアニメを作っています。元舞台役者です。
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2年前他界した父は釣りが趣味だった。私はお魚を食べるのは大好きだけど、釣りには興味が無い。父の大量の釣り具が遺品として残りました。
私の奥様は隣町出身の方。ご両親は近所に住んでいる。父の介護では並々ならぬお力添えを頂きました。
義母が聞いてきた。
「周さん、お父さんの釣り竿もらっていいかね? 畑の柵に使いたいんだけど・・・」
義母は趣味で家庭菜園をやっている。モノは使ってこそ生きる。もちろん釣り竿は義母に譲りました。
数週間後、義母が畑仕事をしていると、釣りに詳しい近所の紳士が、義母の畑の柵を見て腰を抜かしたとか。
「奥さん! こんないい竿を! こんな使い方をしてはいけませんよっ!」
私は釣りに興味が無いから知らなかったけど、釣り竿というのは、こだわりだすときりが無く、値段も青天井なのだとか。見る人が見れば判るのだという。
お父さん! あなたはそういうお金の使い方をしていたんですね! 恵まれた時代に、恵まれた仕事をしていて、質素な暮らしをしていた割には、残った預金の額が少ないなぁと思っていましたよ!「使い切ったな」って感じ。
義母は時々、畑でできた野菜をくれます。柵がいいからね。野菜もよっぽど美味しいよ!
写真by voyata
院生時代、大学のとある先生にスナックに連れて行ってもらったことがある。店の女の子が先生に
「お仕事何なさっているんですか?」
と聞くと、先生
「大学の事務員です」
と答えた。
あれ? この人、今、シレっとウソをついたよ。本当は大学の教授なのに、事務員だって。私は貧乏院生。先生におごってもらう身分である。そのウソに話を合わせましたよ。
私の幼なじみは国家公務員。霞ヶ関で仕事をしている。東京に遊びに行った時に一緒に居酒屋へ。店に入る前に
「オレが国家公務員だって事、店では絶対に言うなよ!」
かなり真剣にクギを刺された。
なんで身分を隠すのか、直接理由は聞かなかったけど、まぁその方がお酒がうまいんだろうなぁ。
昔の偉大な権威者・権力者などが、お忍びで庶民の暮らしを視察したなんて話が残っていますが、何のことはない、ただ普通にうまい酒が飲みたかっただけなのかも知れませんね。あるいは、そういう酒の飲み方ができる人が偉大な業績を残せるのかも知れませんね。
居酒屋で、あなたの隣の席で、だらしなく酔っ払っていらっしゃるお方は、実は大変な肩書きを持つお方かも知れませんよ?
イラスト by palto
私がこっそり好きなマンガ家、古賀亮一のマンガにこんなセリフがあります。
「現実的に考えて、一番近いおとぎの国は女性下着売り場だよね」
独身で一人暮らしの頃、このマンガを読んで大爆笑しました。
母にアルツハイマー型認知症の診断がおりて数年後、このセリフが笑えなくなりました。母の下着を買わなくてはならない事態が発生したのです。母の下着はすべてボロボロとなり、穴も開いてひどい状態。私は独身でしたし、女性用下着を買ってきて欲しいと頼める女友達もいなかった。オンラインショッピングの習慣もなかった。私が店頭で買わなくてはいけないのだ。
いくつか現場を下見した。結論として、大型ショッピングセンターの下着売り場が最適であることがわかった。レジの女性店員は若すぎてはいけない。私には買い慣れないモノだからサイズや値段など熟考しなくては選べないが、女性下着コーナーを長時間ウロウロするわけにもいかない。中年男性は何かと不自由だ。
ここだ! と狙いを定めたのは近所のショッピングセンター。いい具合に若くない女性がレジにいる。売り場コーナーには行かず、直接レジに近づきその女性に声をかけた。
「認知症の母の介護をしています。母の下着を売ってください」
女性は一瞬で事態を把握して、顔が引き締まった。早足で売り場コーナーに案内してくれて、素早くおすすめの下着を選んでくれた。
「それを10枚ください」
「はい」
ついに私は目的を果たした。永遠にも感じる一瞬だった。
その一週間後、ケアマネージャーさんが私に言った。
「そろそろリハビリパンツ(大人用オムツ)を使ってもらった方がいいですよ」
!!
そうした。それなら薬局で簡単に手に入る。
私が必死の思いで手に入れた女性用下着10枚はほとんど活躍することなくタンスに眠ることとなった。
しかし! 人よ、語り継ぐがよい。私はおとぎの国で買い物を果たした勇者なのだ!
父は他界する数年前、大きな心臓の手術を受けました。3割の確率で手術中に死に、3割の確率で手術後意識が戻らないという危険な手術でした。
手術自体は無事終わり、母と一緒に付き添った私は、当日意識を取り戻さないままの父と集中治療室で別れました。認知症の母は花畑に行く白昼夢を見たそうです。
翌日、私は朝一番に手術の経過を確認しに病院に行きました。取り次いだ看護師さんが、何でもないように言いました。
「もう、起きてらっしゃいますよ」
ほっとした。
劇的な情報というのは、案外、日常会話のトーンでもたらされるものですね。
相変わらず集中治療室で管だらけになった父と対面しました。
父は私が来たことに気づくと、開口一番こう聞いてきた。
「昨日、中日は勝ったか?」
うはー! この人、何も臨死体験してないよ。ずっと野球のことだけ考えてたよ。手術中のこと聞いても何も覚えていないって。
才能のない人には臨死体験はできないようです。
私は死後の世界があるかどうか知りませんが、臨死体験の話はよく聞きます。実は、この臨死体験というのは結構その人の文化的背景に影響されていて、日本では「お花畑」ですが、英語圏では「暗闇で強い光を見る」だったり「キリストに会う」だったりするそうです。
母にアルツハイマー型認知症の診断がおりた数年後、父が他界する数年前、父は大きな心臓の手術を受けました。3割の確率で手術中に死に、3割の確率で手術後意識が戻らないと医者は言った。危険な手術だった。家族は手術中、病院で待機するように言われた。
その頃、母の病気はかなり進んでいて、家に1人で留守番させるのは危険だったし、父が手術中死ぬなら、それを理解できずとも、記憶できずとも、この人はその側にいるべきだと考えたので、私は母と病院で待機することにした。
その病院には手術中の患者家族が待機できるための特別な部屋というのはなくて、入院病棟の談話室で数時間にわたる手術の間、ただひたすら待つというだけのことでした。まぁいつものように母の繰り返しの話を聞き続ける数時間でしたよ。
手術は無事に終わり。当日父は意識を取り戻さず、私たちは集中治療室で管だらけになっている父を残して病院を後にしました。
帰宅して数分後、母が私に聞いてきた。
「今日は、1日、私は何しとったんかね(していたのか)?」
「病院にいましたよ」
しばらく考え込んだ母はこう言いました。
「なんか、あんたとお花畑でお弁当食べとったような気がするんだけど・・・」
実際には病院の薄暗い談話室で、売店で買ったサンドイッチをお昼にモソモソと食べたんですがねぇ。
ああ、心臓の手術ですからね。人工心肺を使った訳で、手術中、父の心臓は一時的に止まった訳で、お花畑に行っていたのかも知れません。そして母はもう半分あちら側の人間で、今日は父と一緒にお花畑に行ってきたのかも知れませんね。
写真byのびー