ブログというか、まぁ思いついたものを書いています。 ショートアニメを作っています。元舞台役者です。
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えんがわこみゅこみゅ第5話です。
ご存じ「デスノート」のパロディです。あのノートがありなら、これらのノートもありだろう、という感じで作りました。
絵を描いてくれる「はなぶー」さんは2人の子持ちなのですが、いつもこのお子さん達が最初に見て感想を言ってくれます。小学生と中学生。いや、子どもの感想、遠慮がないから、だめ出しが厳しい厳しい。鍛えられました。でもおかげさまで第5作目にして、やっと厳しいダメ出しが出なくなりました。いや、お二人が大人になったのかも知れません。
今まではダジャレばかりだったので、どうしようもありませんでしたが、今回は英語版も作ってみました。「デスノート」は海外でも人気です。英語で声を作って芝居するのは思いの外難しいです。通じるかなぁ?
「おそろしいノート」楽しんでいただけるとうれしいです。
他のエピソードはYouTubeで「えんがわこみゅこみゅ」検索してください。
05おそろしいノート
東京高田馬場にあるラーメン屋。期待して入ったらがっかり。店内にいる豚野郎は私一人だった。
「Shuに会いたがっている人がいるぞ!」
日本在住の英語圏の人がそう言うので、何も考えずに会いに行った。国籍も名前も忘れたが、とある青年がひどく興奮した面持ちで私を待っていた。挨拶もそこそこに
「あなたは囲碁をしますか?」と質問してきた。
囲碁も将棋もルールさえ知らない。それでも先方は納得せず囲碁に関する質問をいくつかしてくる。私はよほどトンチンカンな答えをしたらしい。先方の顔色が見る見る変わって、失望一色になる。何が起こったのか?
人違いだったのだ。その青年は囲碁が大好きで、いつもネット対戦で世界中の囲碁プレイヤーと対戦しているのだという。その中でShuと名乗る名人がいるそうだ。日本人でShuと名乗っていることしかわからないのだという。なんとその青年はリアルの世界でShuを探して回っているのだという。そしていつか実際のShu本人と、本当の碁盤をはさんで対局してみたいのだという。びっくりした。囲碁というのはそんなに人を動かすゲームなんですね。
囲碁の名人が人工知能に勝てなくなるは時間の問題だそうで、囲碁界はお通夜のようだとネットのニュースに書いてあったが、私は囲碁の魅力はそんなところにはないと思うんだけどなぁ。
馬に乗って走ることを思いついた民族が現れた瞬間、世界中の足の速い人たちはすべて敗れたのだ。何千年も昔の話である。それでも私たちは陸上競技を応援し、選手達を尊敬する。マラソンレースを見て「そんなに早くゴールに行きたかったら車に乗って行けばいいんだ!」なんて言ったら笑われる。囲碁も同じはずです!
碁のライバルを碁敵(ごかたき)と言うそうです。私は勝手にその青年とShuを達人だと思い込んでいるが、案外、気の合う碁敵というだけかも知れない。古典落語に「笠碁」というのがあって、仲のいい碁敵二人がケンカして仲直りするだけのシンプルだけど、味のある人情話なんですが、その中にこんなセリフがある。
「あいつとじゃないと勝負にならないんだ。他の奴らは強すぎて・・・」
案外こんな感じかも?
あの青年はまだShuを探しているのだろうか? それもと、ちょうど今頃、念願のShuを見つけ出して、対局が始まっているのかも知れない。勝敗はわからないし、どこにも報道されないが、名人VS人工知能をしのぐ名勝負になるんだろうなぁ!
禁煙は何度も挫折しました。体調が整ったら、また禁煙に挑戦しようと思っています。
そもそも喫煙のきっかけは、舞台で喫煙する役をもらったことで、練習して喫煙できるようになり、そのままクセになってやめられなくなりました。
だから小道具としてのタバコに興味があります。映画やテレビの中でタバコがどんな役割を果たしているか、時代によってだいぶ変わりますよね。
昔はタバコはかっこいいアイテムで、今からは考えられませんがオードリー・ヘップバーンのような美女まで映画の中でプカプカやっていました。
それからタバコの害が指摘されるようになって、なんだかタバコは悪役の小道具になりました。悪いやつは必ずタバコを吸っている。いい人に見えてもタバコを吸っているやつは必ず裏切る。そんなパターンが最近まで続いていたように思います。
先日アメリカの最新ドラマを見ていたら、「タバコは身体に悪いよ」と準主人公に注意されていた登場人物が、数シーン後、タバコを吸っていると、突然、刃物を持った悪漢に斬り殺された! びっくりした! ああ、今アメリカのドラマではタバコを吸う人は殺されるんだな。このパターンしばらく続くのかな? 映画やドラマでタバコを吸う人が出てきたら、きっと殺されます。
まぁタバコ吸う身としては、タバコ=悪よりはいいかな?
絵:はなぶー
アルツハイマー型認知症の母と暮らして10年ちょっとになる。私が体調を崩して、長期入院をしていた期間、母には認知症患者専門の特別養護老人ホームに入ってもらっていた。
認知症患者専門とあって、その施設の徘徊対策はよくできていて、入所者は三つの関門を越えなくては施設外に出ることができない。
第一の関門は居住スペースから廊下に出る扉である。居住スペースには同じような認知症の入所者5、6人が生活しており、廊下に出るには職員の方が腰からぶらさげているカギで扉を開けてもらわないといけない。
第二の関門は廊下からロビーに出る扉。これが最もよくできていて、この扉を開けるためには、月ごとに変わる4ケタの暗証番号を入力しなくてはいけない。西暦の下二ケタ、そしてその月の数字。つまり2016年3月なら「1603」と入力しなければならない。これは認知症患者の弱点を突いた見事なシステムで、アルツハイマー型認知症の人は、かなり初期でも「今が何年で何月なのか?」すぐに忘れてしまう。
第三の関門はロビーから施設外に出る自動ドア。この扉はガラス越しに受付兼事務所と隣接しており、自動ドアと言いながら、扉の前に立つだけではドアは開かない。ドアから離れた受付前のボタンを押さないと開かないのだ。このボタンの場所を覚えておくのは認知症患者には難しい。事務所には常に人がいるので、ドアの前でウロウロしていると職員の気づくところとなる。
一見完璧に見える。しかし、私の母は、これらのすべての関門を突破して脱走、施設外を数時間にわたって徘徊したことがある。この施設始まって以来の快挙であった。
どうやって関門を破ったかは後述するとして、施設としては初めて入所者に逃げられたので、混乱した。想定外だったのだ。
数時間後、母は施設から数キロ離れた場所で、無事、警察に保護された。しかし、当初、警察には母が施設から脱走してきたのだということがわからなかった。母は自宅の住所は言えるので、自宅までパトカーで連れてきたが、私は入院中で、妻は仕事、我が家は無人である。母が自分の入所している施設の名前を覚えているはずもなく、警察も途方に暮れたらしい。
施設と警察の連携がうまくとれなかった。社会の問題点を指摘するその切り口の鮮やかで辛辣なこと、「鋼の現実主義者」ここに健在!
母がどうやって関門を破ったか? 言われてみると、からくりは単純だ。「見舞い客のフリをした」である。
施設には入所者に面会を求める見舞客が訪れる。見舞客の出入りの多い日もある。そんな見舞客の一組に「自分は入所者ではなく見舞客である」と思い込ませたのだ。母はまだ簡単な会話が可能で、気の利いたジョークも飛ばせる。母が認知症患者であることを見抜くのは数分の会話では不可能だ。
見舞客と仲良くなって、客が帰るとき「さて、私もそろそろ失礼しようかしらね。ご一緒していいですか?」くらいのことを言うのは朝飯前である。人混みに紛れ職員さんの目を盗み、第一の関門を突破する。介護現場はどこも人手不足で、職員さんも忙しいのだ。第二第三の関門は本物の見舞客が勝手に開けてくれる。そうして自由になった母は、徘徊の大冒険に出たのである。
認知症介護が難しいのは、患者の能力が低いからではなくて、むしろ能力が高いからなのだ。「寝たきりになってくれた方が楽だ」という現場の声は、冷たいように聞こえるが真実の叫びである。
それにしても「見舞い客のフリをする」って、お母さん! あなたが役者になったらよかったんですよ!